隣で泣きじゃくるベトナムを慰めるようなことを中国はしなかった。自分にそんな資格などないことを、痛いくらい理解していたから。
すん、と一度鼻を鳴らして、ベトナムは口を開いた。
「貴方と過ごしたこれまでは、」
ひどく掠れた声だった。
「王朝が代わるたびに攻められて、追い返して、友好を結んで、その繰り返しでした」
ベトナムは二回咳をして、続けた。
「何度も痛い目にあったけれど、それゆえ平和な日々は楽しかった」


「こんな風に、終わってしまうなんて」


「またいつか、あんな日々に戻れるでしょうか」
みんなみんな、離れていってしまった。彼女は呟く。
国土の多くを海に囲まれた兄弟達は、海から次々に侵略されていった。その手はついに、ベトナムにも伸びる。
「みな笑っていたあの日々に」
戻れるでしょうか。ベトナムは繰り返した。
それきり、彼女はふっつりと黙りこんだ。
二人並んで、ただ座っている。

「もう、行きます」
ベトナムは立ち上がった。中国は彼女を目で追い、すぐに目を逸らした。ベトナムの赤く腫れた目を見ることができなかったから。
「さようなら、中国さん」
ベトナムは悲しげに告げた。
「せめて、お元気で」
ベトナムは歩き出す。中国を置いて。


数歩行ったところで、ベトナムは立ち止まる。

「本当は、」

か細く震える声を、中国の耳は捉らえた。


「本当は、貴方と離れたくなどなかったのに」



ベトナムは走り出した。中国を置いて。
ベトナムが見えなくなるまで、中国は身動きひとつしなかった。ただ遠ざかって行く背を見つめていた。
「…………きついあるね」
やがて低く呟く。

「どこかの馬鹿みたいに、盛大に裏切ってくれた方がまだ楽ある」




















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すさまじい勢いでベトナムちゃんを妄想。マジ誰だよ!みたいな。
とりあえずこの話、中国さんへの愛はこもりまくりです。
清仏戦争、世界史では結構マイナーなのか、教科書にもさらっとしか載ってないんですよね。こういうのにかぎってテストに出たりしたけどね!




御題配布元→OperaAlice(閉鎖)




2008/4/13
サイト掲載 2009/1/7