それからのことはよく覚えていない。
チェレンに支えられて、ぼんやりした頭のままカノコタウンに戻って。
そして、こんこんと眠り続けた。





一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。
すぐに自分の部屋のベッドで眠っていることに気がついた。パジャマに着替えていなかったから、上着がしわくちゃだ。
(…………ママ)
思い浮かんだのはママの顔だった。久しぶりの自分のにおいに満ちた空間に、少しだけ泣きそうになった。
ふっと、彼の姿が目蓋の裏に浮かんだ。あの一瞬に焼きついた、彼の後姿。
思わず何かがこみあげそうになって、ぶんぶんと頭を振った。

ふと見ると、腰につけたモンスターボールががたがたと揺れている。ボールの中で皆が出たいと暴れている。
(心配してくれているの?)
特に激しく揺れているのは、一番最初に出会った子と、一番最後に出会った子と。
(……ごめんね。進化しちゃったから、ここでは出してあげられないの)
あの巨体では、床が抜けてしまう。
ちょっと笑って、モンスターボールを撫でてあげたら、皆静かになってくれた。
(いいこ)
こみあげてくるものを思い出したくなくて、ママの顔を見たくて、きゅうんと胸がうずいた。


階下に降りると、ママが二人いた。
一人の方はあっという間に男の人になって、何やらペラペラと話し始めた。ちっとも頭に入らなかった。まるで、意識だけ身体から離れてしまったみたい。その意識がどこにあるかなんて、とっくにわかっていた。
(あぁ、あのひとも、人の話を聞かずに一方的にしゃべりまくるひとだった)
やがて男の人は私に半ば強制的に何やらの了解を取り付けて、帰って行った。
「おかえりなさい、トウコ」
ママの優しい声を聞いて、やっと私の意識はこの家に戻ってきた。
「……ママ」
「ひどい顔色よ。きっと疲れてるのね……大変だったんでしょう」
もう少し休んでいても大丈夫よ、と言うママの声を聞いたら、頭の中が熱くなって、目からとめどなく涙があふれてきた。
「ママ!」
ママに抱きつくと、ママは優しく、でも強く抱きしめ返してくれた。久しぶりの、ママのにおいがした。
私はずっと泣き続けた。ママは何も言わなかった。
涙と一緒に、今までのことが溢れ出てきた。私の大切な大切な幼馴染、仲間、そして。
何がそんなに悲しいのか、悔しいのか、私自身にもよくわからなかった。ただ、感情が熱い奔流となって頭の中を駆け巡って、たくさんの彼の姿を映し出して、そして、何度も、何度も、最後の彼の言葉が繰り返し耳元で鳴り響いていた。
「……ねぇ、トウコ」
ママがぽつりと言った。
「私は、チェレンとベルのお母さん達と一緒に、あなたを旅に出したわ」
旅は、つらかった?そう問うママに、私は勢いよく首を横に振った。そんなことない、旅は本当に楽しくて、たくさんの新しいもの、知らない人に出会うことができて。でも、のどがからからに乾いていて、うまく言葉にできなかった。
腰につけたモンスターボールがまたがたがたと揺れ始めた。
私は、ママに抱きしめられながら、ただただ、泣き続けていた。



私は、旅の中でたくさんの出会いを経験して、たくさんの貴重なものを得て、


一番大切になったひとを、大切だと気付く前に、失ってしまった。




そう気付いたのは、泣き疲れて眠りに落ちて、彼の夢を見て目覚めた後だった。





2010/10/3



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