「ねぇおねえちゃん、あのひとがおねえちゃんの”うんめいのひと”?」



 ヒウンシティの波止場で、ひとなつっこい少女に話しかけられた。
 一緒に来ていたチェレンは、今ヒウンアイスの列に並んでいる。
「ちょっと寄らなきゃいけないところがあるんだ」
 そんなことを言ってきたけど、ただのデートの口実だということをトウコは知っている。デートしよう、と誘えないところも、トウコが好きなチェレンのひとつではあるのだが。
「じゃあ、用事済ませてくるから悪いけどちょっと待ってて」
 そう言って時間を潰してくるのは、トウコも大好きなヒウンシティ名物ヒウンアイス。
(……ヒウンに来るときは、いつもそう)
 いつか一緒にヒウンアイスの列に並んで、楽しく待つことができたらいいな、とトウコは少しだけ期待している。
 そんなわけで、チェレンのささやかな嘘に付き合うべく、トウコは波止場で時間を潰しているのだが。
 唐突な少女の問いに、トウコは思わず答えに窮してしまった。
「……違うの?」
 はっと気付くと、少女が不安そうに見つめていた。
「……そうよ」
 答えると、ぱぁっと少女の顔が明るくなった。
「そっか!よかったねぇおねえちゃん!」
 それから、幸せそうに結婚したという姉の話を聞かせてくれた。
(うんめいのひと、か)
 トウコは少女の話を聞きながら、頭のどこかで考えていた。
(私がしてきた、たくさんのうんめいのであい)
 今トウコの腰のモンスターボールの中にいる、うんめいのであいのかけらたち。
(うんめいのひと)
 そう問われて、トウコの頭に浮かんだのは、チェレンではない。チェレンのことは好きだけれど、あんまり小さい頃に出会ってしまって一緒にいるのが当たり前だから、”うんめいのであい”という気がしないのだ。
(私の、うんめいのひとは、)
 行く先々で唐突に現れて、人の話も聞かずに自分の話ばかり早口でして、誰よりも理想が高くて、意志が強くて、でも誰よりも純粋で子供っぽくて、大切だと気付く前にいなくなってしまったひと。
(彼だ)
 間違いなくそう思うけれど、彼は今トウコの隣にはいない。
(うんめいのひとは誰にでもいるけれど、そのひとと共に歩めるかは、また別なんだ)
 トウコはぼんやりとそう感じていた。
 だが、それを口に出すことはない。今、隣にいてくれる彼や、まわりにいる優しい人達のことを思えば、当然口にするのはためらってしまう。
(……彼は、どこにいるのかしら)
 いつの間にか、トウコはふとするたびに思ってしまう、思ってももう仕方のない想いにいつものようにとらわれてしまうのだった。





2010/10/21




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