口からしゅるしゅると糸を吐きだしながら何かを紡いでいるハハコモリの隣で、ベルは所在なさげに膝の上に置いた両手を組んだり、ほどいたりしていた。 ヤグルマの森は木がうっそうと多い茂っていて、真昼間だというのに薄暗い。 ベルはちょうど良い大きさの岩の上にちょこんと座って、じっとしていた。目の前には、アーティが地べたに座って一心不乱に筆を滑らせている。その姿を見るとベルはいっそう居たたまれなくなって、両手をもじもじと動かしていた。 隣にいるハハコモリはアーティのポケモンだ。このヤグルマの森の出身なのか随分リラックスしている上に、野生のクルミル達が集まってきていた。 (……かわいい) ベルはそんなクルミル達の一匹を抱え上げた。クルミルはベルの腕の中でもぞもぞとして、そのつぶらな瞳でベルをじっと見つめた。 まるで、笑いかけてくれているみたいだ。ベルは何だか嬉しくなった。 「……ベル」 名前を呼ばれはっとして顔を上げると、アーティのライトブラウンの瞳がじっとベルを見ていた。 「あっ、わっ、私動いちゃった! ごめんなさい……」 「や、それはいいんだけど……」 慌てるベルを見て、アーティは苦笑する。それを見て、ベルはかぁと頬があつくなるのを感じた。こういう時は俯いて帽子で顔を隠したくて仕方なくなる。 「あ、下向いちゃダメだからね」 先回りするようにアーティに言われて、ベルは困ったようにアーティを見た。 「だって……」 (私今、すごく変な顔してる) どうしてアーティは自分に絵のモデルを頼むのだろう、とベルは幾度となく考えたことをまた思った。 こうしてアーティの絵のモデルをするのは6回目だ。何の取り柄も無い自分をどうしてモデルにするのだろう、とベルはいつも考えていた。 モデルにするなら、トウコの方がよっぽど適任だ、とベルは思っていた。トレーナーとして頂点を極めた彼女はオーラに満ち溢れていて、それでいてどこか哀愁があって魅力的だ。 「僕の描きたいものとちょっと違うんだよね、彼女」 以前尋ねた時、彼はそう言っていた。 アーティはヒウンシティの波止場でトウコをモデルに絵を描いたことがあったけれど、それは一度きりだった。 でも、ベルには何度もモデルを頼む。しかも、場所は大抵こうした森の中だった。ヤグルマの森は、もう3度目だ。 風がさぁ、と吹いて、傍らの草むらからモンメンがわらわらと舞い上がった。 「わぁ、かわいい……」 「君もね」 「へっ!」 いつのまにか、少し離れて絵を描いていたはずのアーティがベルのすぐそばまで来ていた。 「あっ、えっと、終わったんですか……?」 「大体は。あとはヒウンのアトリエに戻ってからかな」 アーティが手を差し出す。ベルは少しためらってから、その手を取って立ち上がった。 「良いものが描けたよ。ありがとう」 そう言って微笑まれて、ベルはまた頬があつくなるのを感じた。 (どうしよう、恥ずかしい) 無意識に目線が地面を向き手が帽子に伸びる。 しかしアーティの細い指がベルの顎を優しく持ち上げ、それを阻止した。アーティのまともに目を合わせてしまったベルは、頭の中が沸騰したみたいに何も考えられなくなった。 「だから、下向いちゃダメだよ。かわいいんだから」 (そんなこと、言わないでほしい) 少年のように小首を傾げる動作もアーティは妙に似合ってしまって、ベルは目が離せなくなってしまった。 (期待、しちゃう) 大好きな幼馴染のように美人で利発でもない自分がこんなことを考えても良いなんて、ベルには逆立ちしたって思えなかった。 (どうしよう) 「…………そんなこと、いわないでください」 漏れ出た声はみっともないほど震えていて、ベルは恥ずかしくて、アーティの手を振り払って走って逃げてしまいたかった。しかし、アーティの手を振り払うなんてできない、と思う心にも気付いていた。 「……僕は、かわいいものはかわいいって言いたいし、すきなものはすきだって思うよ」 アーティは困ったように笑った。 ベルの頭の中はもういっぱいいっぱいで、何も考えられずにいた。そんなベルの様子を見てか、アーティはようやく手を離した。 「モデルのお礼に、アイスおごるよ。時間あるなら、ヒウンまで一緒に行かない?」 ぼんやりした様子でうなずくベルを見て、アーティは少しほっとしたようだった。ベルは気付いていなかったが。 アーティが当然のようにベルの手を取って歩き始めるのを見て、ようやくベルは我に返った。 「そ、そらをとぶを使えばすぐ着きます! 私のポケモン覚えてるし!」 「せっかくだから、ちょっと散歩していこうよ。大丈夫、ここは一本道だから迷わないし」 かまわず歩き出すアーティに戸惑いながらもベルは着いて歩く。見ると、野生のポケモン達も楽しそうに二人に付いてきていた。 「まるで、行進してるみたい」 「みんなベルが素敵なひとだってわかって、寄ってきてるんだよ」 アーティの言葉にベルはまた頬があつくなったけれど、とても楽しい気分でアーティの手を握り返してはねるように歩いた。 「…………僕も似たようなものだけどね」 アーティの小さな呟きは、この上なくうきうきした様子のベルには聞こえていないようだった。 2010/10/22 タイトル配布元→約30の嘘 back |