例えばあの時、私がもっと大人だったら、彼の手をつかめたのだろうか、と最近トウコは良く思う。
 あの時はNが自分にとってどんな存在かも理解できていなかった。ただ、共に旅をしてきたポケモン達と離れたくなかっただけで。
 でも、それはただの言い訳だ。だって、今トウコはこうして彼を失った喪失感にさいなまれている。彼を失ってまで守ったポケモン達は今トウコのそばにいるのに。
 たぶん、失いたくなかったものは、ポケモン達だけではなかったのだ。大好きな二人の幼馴染、家族、旅で出会ったポケモンを愛するたくさんの人々。そんなものをひっくるめると、彼を上回ってしまったのだ。あの時は。

 Nの夢を良く見る。夜眠っている時だけではなく、日常のふとした隙間に彼の白昼夢を見る。
 Nが隣にいて、Nの手が髪を撫でて、Nに抱き寄せられて、キスをして。
 でも気が付くと彼はいなくて、トウコは絶望の淵にいる。
 もう二度と会えないのだ。もし彼がこのイッシュにいたとしても、会うことなどできない。私は、彼から夢を奪ったのだから。
 そう思うと胸が張り裂けそうで、そうしてようやくトウコは気付いたのだ。Nに恋焦がれていることに。

 どうしてあの時気が付くことができなかったのだろう。
 それは、あの時はまだあんまりにも子供で、胸の奥にほのかに芽生えた気持ちが何か、わからなかったから。
 けれど、もし気付いていたら、どうだったのだろう。
 私は、彼の手を取ることができたのだろうか。
 ポケモン達を失って、大切な人達を哀しませることになったとしても彼の手を取ったのだろうか。それはできなかった、と思う。
 でも、彼の夢を打ち砕いたあの時、大切な人達すべてを捨ててでも彼と共にいる決心ができたのではないか、と思うのだ。
 この恋の衝動にすべてを任せることができたのではないか、と思うのだ。

(……でも、もう何もかも遅い)

 一度できなかった決心は、どれほど時が経ってもやはりためらってしまって、できないのだ。
(いつか、この喪失感が消える日が来るのかしら)
 そう考えるととっさに、そんな日なんて来てほしくない、と思ってしまうほどには、トウコはまだ子供だった。





2010/11/15





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