玄関のノッカーが軽い音を三回たてた。コンコン、と二回、そして少しして確認するように一回。
久し振りにゆっくりと風呂に浸かり、あがったばかりのイギリスは、面倒そうにまだ濡れたままの髪を掻いた。
こんな日付ももうすぐ変わるであろう時間に訪ねてきて、しかもあの特徴的なノックをする人物を、イギリスは一人しか知らない。
「……ボンソワール」
ドアを開けると、妙に洒落た格好の、それでいてひどく疲れた表情をしたフランスが立っていた。
「何の用だ、こんな時間に」
イギリスは不機嫌を隠そうともせず、ぶっきらぼうに言い放った。
だがそんなイギリスの態度をものともせず、フランスは少し訝しげな表情をして、やがてにやりと笑った。
「坊ちゃん、アメリカと喧嘩した?」
「なっ……!」
イギリスの頬がみるみる赤く染まっていく。
「なっ、何言ってんだんなわけねぇだろばか!」
ぱちぱち、と金色の睫毛が上下して、またぱちぱちぱち、と今度は三回。
何かごまかそうとしている時、イギリスは一度にするまばたきの回数が増える。わかりやすい仕種にフランスは少し呆れ、またに少し安堵した。
「なんだか随分と良い…薔薇の匂いがするし、指先はふやけてふにゃふにゃ。坊ちゃん、アメリカと喧嘩した日は何時間も長風呂するでしょう?お気に入りのバスミルク大量にぶちこんで」
見透かされたように言われて、イギリスはさらに顔を赤くする。
「う……お前だって!どうせ女に振られてきたんだろ!?」
「あ、バレた?」
フランスは困ったように笑って耳の後ろあたりを掻いた。いつもはさらさらの、癖なんてつきそうにもない猫っ毛なのに、今日は動きが悪い。本当はジェルか何かでしっかり固めてあったのだろう。
「今日の彼女はいけると思ったんだけどねー……なんか二股かけられてたらしくて、ディナー途中に彼氏が乱入」
「お前じゃなくて彼氏の方を取ったその女は見る目があったんだな」
「ひどい、イギリス」
フランスはしくしくと泣く真似をしてみせるが、当然のようにイギリスは無視する。
「俺はもう寝るんだ。さっさと帰れ」
「傷心のお兄さんを慰めてくれる気はないの?」
「ない」
「これ、持ってきたんだけど」
そう言ってフランスが取り出したのは、ワインの瓶。
「一緒に飲まない?」
どうせ、その女と一緒に飲むつもりだったくせに。
「……いいぜ」
そうわかっていても誘いに乗ったのは、一重にイギリスも今夜は飲みたい気分だったからだ。飲んで、あのイギリスの言うことを全く聞かなくなってしまった――何を考えているのかまるきり読めなくなってしまったかつての弟分のことを少しでも頭の中から追い出したかったから。
入れよ、とフランスを手招きする。
「やった、坊ちゃん優しい」
フランスは微笑んで、イギリスの肩に触れる。
「お礼に髪乾かしてやるよ」
「……ん。つまみもつくれ」
「もちろん」
フランスはそのままイギリスの肩を掴んで引き寄せる。
耳元にフランスの息遣いを感じて、イギリスは軽く体を硬直させた。

こういったことは、間々ある。
イギリスはアメリカと口論になった時、フランスは女に振られた時。
今回のように二人の事情がかぶるのはめずらしいが、こうしてお互いの家を訪ねて、飲む。
嫌なことを忘れるように。
記憶を飛ばしたいがために飲むから、随分深酒してしまって、次の日の朝二人ベッドの上で裸で抱き合ってたなんて良くあることだ。
それってどうなのだろう、と思わないこともない。
何百年と喧嘩してきた相手と、こうして弱味を晒して酒を飲んであまつさえ抱き合うなんて。

「……ねぇ、イギリス」
「なんだ?」
「…いや、何でもない」
「何だよ」
フランスはまだ濡れたままのイギリスの後頭部に口付けた。むん、と香る甘ったるい薔薇の匂い。
「ん」とイギリスは身じろぎして、それでも黙って受け入れていた。

これ以上の関係なんて、正直想像もできない。
これ以下の関係ならいくらでもできるのだが。

だから、

まだ、このまま。







それはまるで薔薇の香り





(匂いだけで、棘はないから)











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完全にセフレで都合の良い相手同士な仏英。
べったべったでもいいんですが、何でだろう、仏英はセフレでも萌えるんだ。
英→米は家族愛で、兄ちゃんは完全に遊んでるイメージで書きました。

BGM→ユ.メミ.テイ.タイ/Y.UKI




2009/1/29