※仏英・西ロマがデフォルトです。
※「親分の初恋は仏」を全力で主張しています。





























スペインの手には品の良いティーカップ。
中は香り良いダージリン。

目の前のソファには、不機嫌そうなイギリス。


一体どうしてこんな状況におちいってしまったのかと、悩まないでもない。














目の前のイギリスは、眉間に皺を刻んだまま、紅茶を口に運んでいる。
不機嫌そうだ、とスペインは最初思ったのだが、どうやらそれは違うらしい。
イギリスはたまにちらり、とスペインを見て、そして慌てて逸らす。
不機嫌、というよりは、戸惑っている、といった様子なのかもしれない。ロマーノが似たような仕種をしているときは大低、どうしたら良いかわからない時だから。
キッチンから何やら良い匂いが漂ってきた。フランスが二人のためにランチを用意しているから。
そう、ここはフランスの家なのだ。
フランスの家のリビングで、イギリスと顔を突き合わせている。
……一体どうしてこんなことに、と悩まないでも、ない。



朝起きたら、空が綺麗に晴れていた。
それだけの理由だ。物置の掃除を始めたのは。

今日はロマーノが朝早くに本国に帰らなければならなくて、スペインも一緒に早起きして簡単な朝食を食べさせて送りだした。
久しぶりの早起きで出来た午前の時間。
もう何十年と放置したままの物置の一つの掃除を始めたのだった。


スペインは、それを物置掃除を始めてから割とすぐ見つけた。
ところどころ黒く変色した、古そうな木箱。
ひもをほどいてそっと開けると、中にはさらに古い崩壊しかけの木箱。
崩れないようにと慎重に開ける。

中には、一束の金髪。

スペインは驚いて目を見開く。
きらめくような美しい金髪には覚えがあった。
フランス。
流れるように愛を語る、美しい隣国。
良く見ると、箱の底に何やら字らしきものが彫ってある。ぱっと見では何が書いてあるのかわからない。字が汚いから、というわけではない。本当にわからないのだ。
が、すぐにぴんときた。これはラテン語だ。
とうの昔に忘れてしまった言語を、記憶を辿って思い出す。
そこにはこう書かれていた。


『会えない時は、これを見て思い出して』


なんてこっぱずかしいことを……!
思わずへたりこんでしまったスペインを責められる者はいないだろう。
昔、本当に昔、スペインはフランスに本気で恋していた時代があった。あの頃のフランスは今とは違って本当にかわいらしくて、まるで天使のようだった。まだ幼かったスペインは、彼に初めて会った時、即座に一目惚れした。初恋だった。
今思えば随分生意気でどこかすれたところのあったフランスは、それをおもしろそうに受け取っていた。愛には無条件で愛を返す。昔からそういう奴だった。
ある日、これから暫く会えないと告げた。ムスリムとの戦争のためだ。だが戦争のことは言わなかった。
「俺んこと忘れんといてな」
無理矢理つくった苦笑いでスペインは言った。するとフランスは何を思ったのか、ナイフでその綺麗に揃っていた長い髪の一房を切り落とし、スペインに差し出した。
「また髪が伸びて揃うまでは、覚えててやるよ、お前のこと」
そして彼はどこからか木箱を持ってきてナイフで底に字を刻み、スペインに差し出したのだった。
その時自分が何を思ったのかなんてもう忘れてしまったけれど、きっと飛び上がるほど嬉しかったろう。何と言っても、スペインはフランスに恋していたのだから。
さらに大きな木箱にそっと仕舞って、大切にとっておいた。
ロマーノを引き取って、オーストリアに恋して、フランスと結局悪友と呼ばれるような仲になっても、それは仕舞われたまま。
返すタイミングを逃してしまったと言えるかもしれない。
そこまで思い出して、まずスペインが考えたのは、ロマーノに見つかったらやばい、だった。
ロマーノがこれを見つけたら、おそらくスペインが誰かから贈られたものだと察し、静かに落ち込むのだろう。そして静かに傷つき、静かにスペインの元を去るだろう。「ヴェー!兄ちゃんがベッドにもぐったまま動かないんだよー!スペイン兄ちゃんどうしよう!」というイタリアからの電話まで想像できて、スペインは頭を抱えた。
これは此処にあってはいけない。
返そう、本来の持ち主に。
そう決意したスペインは、その足ですぐに隣国フランスへと向かったのだった。



そうして今のこの「フランスの家でイギリスと顔を突き合わせて茶を飲む」という状況に繋がるわけだが。

スペインはフランスの家に向かう際、電話を入れた。が、10コール待っても誰も出ないので切った。もし留守だったらそれはそれで、物だけ手紙と一緒に置いて、そのままイタリアに押しかけてしまえば良いと思っていた。
フランスの家にたどり着いたのは、正午過ぎ。
チャイムを鳴らしてしばし待つが、返事がないのでもう一度鳴らしてみる。
やっぱり留守だったか、とスペインが思った時、ゆっくりとドアが開いた。
「……スペイン?何でいるの?」
現れたフランスは髪はぼさぼさ、バスローブを引っ掛けただけで、いかにも寝起きという姿だった。思わず、「今起きたん?もう昼過ぎやで?」とつっこんでしまう。
「しかも居るんなら電話出てー」
「あー……あれお前だったのか……」
フランスが頭をがしがしと掻くと、金色の細い髪が揺れる。ここだけは昔と同じなのに、どうしてあの美少年がこうなってしまったのか、とスペインは彼に会うたびに思う。
とりあえず玄関口でずっと話していても仕方がないと思うのだが、フランスにはスペインを家に招き入れようとする気配が全くない。
これは、いくら勘の鈍いスペインでも気が付く。
「はーん、フランス、お前女の子連れ込んでんねや?」
「えっ…あ…いや……」
指摘すると、フランスが明らかにうろたえだしたので、スペインは逆に驚いた。フランスのことだ、得意気に女の子を落とすまでの経緯を話し始めるくらいすると思ったのに。
「なんや、どうしたんお前……」
スペインが問いかけた時、

「…………フランス……?」

フランスの背後から聞き覚えのある声が響いた。
「へ……イギリス……?」
「あー……」
フランスは天を仰いで、それから振り返った。
「…おはよう、イギリス」
「んー……起きたらお前いなくて……」
パジャマ姿のイギリスはフランスに近寄ると、甘えるように肩に頬を擦り寄せた。
「あー…ごめんね、一人にさせて」
「んー許す」
「ありがと」
イギリスは暫く眠そうに唸りフランスに抱きついていたが、やがて重い瞼を持ち上げた。緑の瞳が右、左と不思議そうに動く。どうやら此処が玄関だということに気付いたらしい。
「フランス、誰か来てるのか?…………」
そして、
唖然として立ち尽くしているスペインと目が合った。
数瞬の沈黙。
爆発したように顔を真っ赤に染めたイギリスはフランスを突き飛ばすと「ばかーーっ」と叫びながら家の奥へ消えていった。
「……大丈夫なん?」
スペインが床に転がっているフランスに声をかけると、弱々しいが「平気……」という答えが返ってきた。
「……まぁ、こうなったらあがっていってよ。ランチくらいご馳走するからさ」
腰を痛そうに摩りながら、フランスは床から立ち上がった。
「イギリスのご機嫌とんなきゃいけないから、腕にはよりをかけるさ」
バスローブについた埃を払いながら、フランスはふにゃり、とやわらかく微笑んだ。


そしてスペインはリビングに通されて、今に至る。
フランスは着替えてキッチンでスペインのランチ(イギリスにとっては兼朝食)をつくっている。
イギリスはしばらくしてスラックスにシャツにネクタイをぴっちり絞めた、これから仕事にでも出かけるような恰好でリビングに現れた。
気まずそうにスペインを見て、向かいのソファに腰掛ける。手にはティーポットとカップの乗った盆を持っていて、無言でスペインに紅茶を差し出した。
スペインは小さく礼を言って、紅茶に口をつける。ほわん、とした香りに包まれるような心地がした。
ちらり、とイギリスを見る。イギリスは眉間に皺を寄せて、目を逸らしたまま。
それにしても、とスペインは考える。あんなイギリスは初めて見た。
スペインは別にフランスの家にイギリスがいたことに驚いたわけではない。フランスとイギリスの仲が(良いか悪いかはともかく)とても深いということは衆知のことだ。会議などでは凄まじく悪いが、反面プライベートではかなり良い。
スペインが驚いたのは、イギリスの様子だ。まるで飼い馴らされた猫のようだった。普段の可愛い気なんて言葉自体をそもそも知らないような、したたかで辛辣で口の悪いイギリスからは想像も出来ないほどとろけきった表情をしていた。数百年前スペインのアルマダを撃ち破った時のような極悪面はどこへいってしまったのか。
それを言えば、フランスだってそうだ。随分付き合いは長いが、イギリスの機嫌をとらなきゃと言った時の、あんな表情は見たことがない。無駄に気障な顔やいやらしいにやけ顔なら良く見るが。
フランスはイギリスのことが好きなのだろう、とスペインは思った。
あのちっとも媚びないイギリスをとろけさせてしまうほどに愛を注いでいるのだろう。
与えられる愛にしか愛を返さなかったくせに。
スペインはちらり、とテーブルの上のあの箱を入れた袋を見た。フランスはきっと、「忘れないで」なんて言わなくても、イギリスのことはずっと忘れないだろう。
イギリスは黙ったまま、静かに紅茶を口に運んでいる。
遠い日の初恋を思い出す。切られた金髪。フランスは時間に区切りをつけなければ、スペインを愛してはくれなかった。それはきっと、いつまでも自分だけが愛し続けることが怖かったから。

「……あいつのこと、幸せにしてやってな」

ぽろり、と言葉が零れた。それを聞いてイギリスは目を見開く。
「スペイン……?」
「俺帰るわー!」
「え?」
「え、スペイン帰っちゃうの?もうすぐできるのに」
ひょこっとフランスがキッチンから顔を覗かせる。
「つかお前何しに来たの?」
「あぁ、それ、テーブルの上の、それ返しにきたんよー」
スペインが指さすと、「何それ?」とフランスは首を傾げた。
「まぁ開けてみたって。めっちゃ懐かしいもんやから」
イギリスが所在なさ気に立ち上がろうか迷っているのを見て、突然押しかけてしまったことに少し申し訳なくなる。
「じゃ、またなー」
アディオス!と手を振ると、イギリスはどうしたらいいかわからないのか目をきょろきょろさせていて、フランスは呆れたように手を振りかえした。
何故だかものすごくロマーノに会いたい気分だった。会いにいったら「つい数時間前まで一緒だったろコノヤロー」と罵倒されるだろうが、それすら恋しい。
スペインは今幸せで、フランスも幸せそうで、ついでにあのイギリスだって幸せそうだ。 空は綺麗に晴れている。こんな日は気分が良い。
スペインはいつになく晴れやかな気持ちで、イタリアへと急いだ。























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想像以上に長くなったや……。
某御方宅の字チャにお邪魔したときに拾ったネタで書いてみました。
親分の初恋は仏を全力で主張しております。ちなみに現在の関係は悪友でFA。西ロマ大好物です。
親分好きだからもっと書きたいんだけど、いかんせん生粋の東京っ子なもんで、関西弁が書けません……。
あとイギリスは寝起きが悪いの主張してます。



2009/2/9