こっち来ぃや、とスペインが河辺からフランスに手を振ると、服が汚れるからやだ、と返された。 遠い昔、二人がまだ幼かった時分は、良く森や野原を駆け回って遊んだものだった。服をどろどろにして帰って、彼の大国に怒られたことも一度や二度ではない。彼はいつも最後には、子供が元気なのはいいことだ、と言って頭をぐしゃぐしゃと力強く撫でてくれたのだが。 二人で追いかけっこをすると、途中で必ずフランスが息切れをして、待って、とスペインに縋った。スペインはそれを聞くと、どこかこそばゆいような気持ちになって、フランスを待って、また駈け出して突き放す。疲れ切ったフランスがスペインに抱きついて、行っちゃやだ、と言うまで追いかけっこは続いて、その後は二人手を繋いで帰路に着いた。 だが最近のフランスときたら、走り回るなんてはしたない、と言ってスペインと遊ぼうともしなくなった。ひらひらとしたリボンやらスカーフやらをたくさんつけて、しなりしなりと気取って歩くフランスを見るたび、スペインはなんとも言えない気分になった。スペインが共に野を駆け回った友達はもういない。そう思うと寂しかった。 今日も鮮やかな青色の服に揃いの帽子と靴を身に着けたフランスは、河辺で遊ぼうと誘ったスペインを少し離れたところから眺めているだけである。会った時に、この服どう? 似合う? と聞かれたので、良ぅ似合っとるよ、と返事をした。本当はまた遊びには向かない服を着てきたといらいらしたし、服が青すぎて彼の綺麗な瞳の青色が目立たなくなってしまうのが嫌だった。でも似合うと言うとフランスは笑うから。 何となくむかむかして、スペインは靴を脱ぎすてズボンを捲りあげて川に入っていった。初夏の水はまだ冷たくて気持ち良い。昔フランスと川で水浴びをしたことを思い出した。確かびしょぬれになって帰って、次の日二人して風邪をひいてひどく怒られた。 風邪をひいたのはつらかったけれど、とても楽しい時間だった。あんなに楽しかったのに、フランスはもう忘れてしまったのだろうか。浅瀬で水を一蹴りすると、大きく水飛沫があがった。何度も何度も水を蹴る。あーあ、スペインなにしてんの。フランスの声が聞こえて、スペインは一際大きく水を蹴った。 と、勢い良く足を振り上げすぎて、バランスを崩してしまった。 スペイン! というフランスの声が聞こえた時には、スペインは全身ずぶ濡れになっていた。尻がじんじんと痛む。どうやら滑って尻もちをついて倒れこんでしまったらしい。浅瀬であったため、溺れたりなどはしなかった。 「スペイン! 大丈夫か!?」 見ると、ざぶざぶと水をかき分けてフランスが川に入ってきていた。驚いているスペインを尻目に、フランスはスペインのところまでやってきて腕を取って立ち上がらせる。フランスが自慢していた青い服は裾が水を吸って濃く変色していた。 「お前服汚したくないんと違うの?」 「そんなことよりお前が心配なの。早く服かえないと風邪ひくぞ!」 お前昔川遊びして風邪ひいて怒られたの忘れたのか! と言われ、スペインは思わず笑ってしまった。 「なに笑ってんだよ」 「そんなこともあったなぁ、思て」 ほら、早く、と手を引かれ、川を出る。掴まれた手を繋ぎ直して、スペインはほわりとあたたかい気持ちになった。 「いつ以来やろ」 「なにが?」 「なんでもあらへんよ」 二人歩いた後は、まるでかたつむりが這った跡のように水が滴り落ちている。服はええの、と聞くと、別に良い、という返事。 「汚したくなかったんと違うの」 「お前の方が大事」 お前が良いって言ったから、汚したくなかった。フランスが少し恥ずかしそうにそう言うのを聞いて、スペインは繋いだ手をぎゅっと握りしめる。 怒られてまうなぁ、と呟くと、フランスはぶっきらぼうに誰が、と言った。もう爺さんはいねぇぞ。その口調が照れ隠しだということは、強く握り返された手でわかる。 せやなぁ、とスペインは言って、二人黙り込んだ。水を吸って重い服を着て、のろのろと歩く。 どうしてフランスがもう友達でないなどと思っていたのだろう。彼は確かに昔とは違ってしまったけれど、根っこの部分はずっと同じ、あの優しいフランスだ。 「俺とフランスは友達でええんよな?」 唐突に聞くと、フランスは金色の長い睫毛を一瞬震わせて、唇を噛みしめた。 「……そうだよ」 やがてフランスは肯定の言葉をくれたけれど、そのほんの少しの間になにがあったのか、それをスペインが知るのはもっと後のことになる。 |
2009/6/30 |