「どちらへ行かれるのですか、イギリスさん」
背後からやけに冷静な、むしろ冷徹な声が響いた。
「日本……」
イギリスはぜえぜえと息をつく。全力疾走していたため膝ががくがくと笑っていた。
「どちらへって……」
「自分がやったことからお逃げになるのですか」
そう問われて、イギリスは不機嫌に言い返した。
「お前がそれを言うのか」
「『お前がそれを言うのか』とは?」
いたって平静な様子で小首を傾げてみせる日本に、イギリスはいらついた。何の感情を映していない瞳は、中国とよく似ているが違う。彼の瞳は黒耀のように輝いているが、日本の瞳はまるで漆黒の闇のようだ。
「お前だって、あいつを傷つけただろうが!」
「そうですね。私は兄上を傷つけました」
「ですが、それはそれが兄上を助けることにつながると思ったから」
「私は私の信念に従ったまでです」
「信念?」
イギリスは日本の言葉を鼻で笑った。
「自分が俺達に支配されるのが嫌だったからだろうが。だからあいつを代わりに差し出したんだろう。この偽善者が」
「何とでもお言いなさいな」
真実はひとつではない。人の数だけその人の真実があるのです。こともなげに日本は続けた。
「あなたには、あなたの真実があるのでしょう」
「あなたはわかっている」
「我が兄上に、自分が何をしたのか」
「何をしてしまったのか」
「あなたが犯した罪があなたの真実であるとわかっているのに、それから目をそらしてはいませんか」
「罪の定義もまたひとつではない」
「ですが、あなたは罪の意識を感じているのでしょう?」
「害毒と知っていながら自らの利益のため兄上を薬漬けにして、弱ったところを蹂躙したことを……」
ひう、とイギリスの喉から細く息が漏れた。
「……お前は、何が言いたい?」
「別に、ただ気付いていただきたいだけです」
日本にそう告げられて、イギリスは両腕で頭を抱え蹲った。